名古屋高等裁判所 昭和25年(う)2005号 判決
所論は「宮本清吾がポケツトから現金九百円を出したという事実は、同人が被告人の誘引に応じ、充分賭心を生じ、所持金を賭したものと見るべきである」と主張するが、証人宮本清吾の原審公判廷においての証言によると、同人は被告人から金を持つているかといわれたので、何気なく、ズボンの前ポケツトから二寸位出たところに、現金九百円を出して見せただけであると謂うのであるから、同人としてはこの現金をどのように使用するのかの意図もなかつたものと謂わなければならないし、被告人が右証人に対し、金を持つているかと尋ねたのは、同人としては、唯単に、右証人が金を持つているかどうかを験べる意思でしたものと認められる。左すれば、右証人と被告人の間には、未だ勝者にこの金を交付すべき予約はなかつたもの、即ち金銭を賭したものと謂うことができない。又論旨は「その際其の様な金を持つていたので、何気なく見せた」のは右証人が負けた金を取り返えしたいためと謂うのであるが、右証人が負けたことは、本件訴訟記録及び原審で証拠とすることができた各証拠にはない事柄である。従つて同証人が賭博をしたとの主張は採用できない。而して右証言のとおり、同証人がポケツトから約二寸出たあたりまで金九百円を持ち出したとき、被告人から取られたというのであるから、該金員が、まだ、完全に右証人の掌中に在つたものであり、且つ前敍のとおり、右証人が何気なく見せただけで、この金をどのように使用するかの意図はなかつたのであるから、被告人の所為は、所持人の意思に反し、同人の所持を侵したものであると謂わねばならない。従つて窃盗罪を構成すること明である。原審判決が、その挙示の証拠によつて、窃盗罪と認定したのは、正当であるから事実の誤認はない。本論旨は理由がない。